あっこおばあちゃんの縁側日記 (老犬党 あっこ 政調会長)

19才7ヶ月がんばりました!!後釜 なめこ(猫)が活躍中

あの日から4年が過ぎました


震度6強の縦揺れを経験した瞬間

震源地は茨城県沖に違いないと信じて疑わなかった

地震多発の茨城沖
とうとうやっちゃった…と思ってた




揺れが止んだ時には
なんだかわからん物を抱えていたし

咄嗟の時にヤカンとか枕を持って逃げたなんていう話はまんざら嘘じゃないと思う




小学校の理科の教科書に載ってた
イラスト入りの震度別被害のページを
ぼんやり思い出しながら
職場から足早に帰宅したけど
歩いてる途中で
もう一度震度6強に襲われた


それから花粉シーズンと崩落によるホコリで
くしゃみは出るは 目は真っ赤だは
いいことなし

所々ガスくさくてゾッとした




家には父が居たので
当時17才のあっこネエサンは若干興奮気味だったけど
直に落ち着いた

大物きーちゃんは地震に動じず毛布かぶって寝てたらしい←これ一番驚いたこと



「きーちゃん 眠かったんだもん」




地震直後から停電になり
当時は車のフルセグもスマホのワンセグも持ってないアナログ一家で
頼りはラジオだけ
震源は東北沖ということを聞いて驚愕した
もっと酷い地域があったということだ



ゴハンを食べたあとに
チンしたタオルでお口を拭くのが日課のあっこネエサンだったのだが
この夜は停電のため冷たいタオルでお口拭かれて
ちめて!
みたいな顔してたっけ(笑)




「そんなあっちゃんを見て
ともみんちゃん笑ってた」




アナログ一家にもいい点があって
石油ストーブ持っており
それで暖をとって一晩過ごした
水もいつも常備してるから困るようなこともなかった



一晩中 地響きのような余震が続いていたけど
あっこもきーちゃんも特に気にしない様子で
いつもと変わらずネンネしてくれた



すやすやと眠るあの子たちと
暗闇で一夜を過ごしたのは
今となっては貴重な思い出



「ストーブ暖かいね~♪」
「ね~♪」






大津波被害を知ったのは
翌朝の新聞一面



お昼には電気が復旧して喜んだのも束の間
真っ先に飛び込んで来たのが
例の原発事故
聞いてないよー




後日みんなに聞いたら
車内でテレビ観てたから津波も原発も
知っていたんだって…




翌々日には水道が復旧して
そのあとガスが復旧して
人並みの生活に戻ったが

ガソリンと物流がストップしてしまい
しばらく苦労した




地震から数日間は
突風が吹き荒れ
空は真っ暗け



原発問題は一向に解決せず
いよいよ地球も終わるんだな
と真剣に考えてた




あれから4年経ったけど
復興関連のニュースを観ても
目立った変化もなく
ダラダラと時が過ぎた気がします







震災を知らないヤング世代
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コメント

こんにちワンU^ェ^U

震災を知っているネエサンもきーちゃんも、震災を知らないおなめはんも、可愛い寝顔ちゃんでいてくれることは、いたたまれない思いのなかにおいて、とても心救われることですね。

震災は、天災でもあり人災でもあり。

それゆえ、それぞれ思いは交錯するのだとは思いますが、明るい未来への展望は同じくありたいものです…

本当、消費税なんちゅうはすぐ変化するのに、復興関連の変化はなかなか…!

尽力されてる方もたくさんいてはるので、言うが易しは申し訳ないのですが…

願いはひとつ、大切なあの子やこの子やとすやすや安心して眠ること…☆
2015/03/12(木) 18:55:19 | URL | マーくん #- [ 編集 ]
Re: タイトルなし
マーくんさん

国民に不利益な話はとかく早いのに
利益になる話は展開が遅いのですよね
何度海外に移住したいと思ったことか

被災地に住みながら当時の記憶は薄れつつ
でもでも あの夜のネエサンたちのことはずっと覚えています

17才のあっこネエサンはかわいい寝顔ちゃんでしたが
この後 目を開けたまま寝るようになり なんとも オモシロイ寝顔ちゃんになりました
そういえば若い頃は カブ顔負けの鼻ちょうちんを何度か見たことがあるし ネエサンは根っからのオモシロ顔かもしれません
2015/03/13(金) 13:09:43 | URL | ともみん #- [ 編集 ]
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