あっこおばあちゃんの縁側日記 (老犬党 あっこ 政調会長)

19才7ヶ月がんばりました!!後釜 なめこ(猫)が活躍中

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あっこが虹の橋を渡って 今日で一ヶ月が経ちました。

ネエサンを思い出さない日はなく ありし日の姿を思い浮かべては 残像を目で追っています。



今朝はネエサンの大好きなシフォンケーキを焼きました。

画像 27562


オーブンを加熱しただけでお鼻をくんくんささせて 首を長くさせてたネエサン。

焼いてる最中は 何度も見に来た。

焼き上がったケーキをカットしてると足元にへばりついて、

一欠片お口に入れてもらえると大切そうに食べてた。




ネエサンは歩けなくなっても最後の最後までお口を開けてくれた。

たとえ一口でも食べてくれた。

あのときは少ししか食べれなかったけど 今日はお腹いっぱい食べるんですよ。



おれの。
「もちろんじゃー」

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あっこネエサンは20年もうちの子でしたが・・

うちの子グッズはたった2個しか持っていませんでした。あはは。



まずはこちら。

じゃ~ん。


うちのこ1

ワンコシャンプーの懸賞で当てました。

『うちの子バッグ』



うちのこ2

もったいなくて使えなくて・・ぶら下げておいたら、劣化して破けてしまい、

ワッペン貼った。







もう一つはこちら。

じゃ~ん。


うちのこ3

『うちの子ケータイ入れ』

お友達ワンコとみんなお揃いで頂いたもの。

ネエサン、もっふもふ時代。

懐かしいお顔。かわいいねー。

こちらも貴重でもったいなくて使えなかった。

やっぱりビンボー症。




これからはどちらもフル稼働させて使おう。

ネエサン連れでお出かけしようね。

バッグに何入れようかなー。

ふとケータイ入れを覗くと、ちゃっかり母のらくらくホンが入っていました・・・

おや?



白ネコアイドルを見付けました。

読売新聞日曜版に連載中の漫画「猫ピッチャー」

主役の白ネコ『みーちゃん』です。

ピッチャーやってます。

かわいいーーー

先週初めて見付けて、今朝も楽しみに読んだ。

ネコって視界が210度あるんだって。

後ろ向いてても実は見えてるんだって。

そんなわけでみーちゃんは牽制球が得意技。

でもゆっくりスピードで動かれると感知できないんだって(汗)




ホワイト

我が家のアイドル、きーちゃんが亡くなって三ヶ月が経ちました。

あっこネエサンは もうじき一ヶ月が経とうとしています。





『ピアスを付けなくなると穴がふさがってしまう』というのは本当です。

1~2年つけないとふさがる。と勝手に解釈してましたが・・・

たかだか2~3ヶ月ほどで、自然現象は発生しました。(体験談)

むむむ・・・




ピアスはね・・しょっちゅう無くすんですよ。

だから片方だけになっちゃって。

もう一つ開ける勇気はもうナイヨ!!



それにね、変に敏感肌で、メッキとかダメなんですよ。

膿むの
・・

生意気にいっちょ前に、プラチナが好きなんですよ。





でね、キャッチと本体が一体になったやつ、
ピアス大
※こんなかんじのイメージ資料


大ぶりのだと落とすこともなくて、こういうの好んで付けてたんですが・・

ある夜どっかで片方無くしてきました。



酒
「酒は飲んでも飲まれるな!」

―未成年者Aさんからありがたい訓辞―





似たタイプのはもう一つ持ってるんですが、

パチっと収まるとこがバカになっちゃって使えません。



となると・・フツーのしか手元にない。

私の場合、フツーのピアスは付けてるだけでホントストレスなんです。

散々なくしてきたので・・。



ピアス2
※こんなかんじのイメージ資料



落としてやしないか?

耳にくっついてるか?

確認。確認。

耳を触って確認作業。



確認を繰り返した挙句、服を脱ぐ前にピアスを外し忘れて、

脱いだ服の勢いで吹っ飛んで行き、

頭を床にくっつけて片割れを探す。。。

あぁ・・ストレスフリーになりたい・・・。



そんなわけでピアスをやめてしまったというわけです。

まさかお肉とお肉がくっつき始めているなんて想像もせず、

ストレスフリーの能天気な毎日♪




それから2~3ヶ月経ったある日、こんなピアスに恋をして、

まんまと買ってきました。

ピアス1
※これと同じの購入



ところが・・・あれ?おかしいな?

なぜかピアスが入らない(汗)


しかも「針」の部分がやたら短くて、これでは福耳の人は100%入らないよ。

今はバカ高いと売れないから、少しでもグラム数を減らす努力なのかな。

幸いにも福耳ではないので、何度もチャレンジ。

完全にふさがったのではなく、一部分が癒着しはじめてる様子。

でもでも、買ったばかりのピアス、返品もきかないし、なにがなんでもつけてやる!

えい!!!!!! やー!!!!!


なんとかブスっと通してはみたものの、なんかジンジンする。

??????????

痛い。

しばらくして鏡を見たら、耳全体が真っ赤か。

こ、これは・・・。

もうピアスは使えなくなるの??

じゃあ買ったばかりのピアスは・・そして手もちのピアスは・・

そう思って執念で夜までつけていた。




次の日もまだ耳が腫れていて、装着はギブアップ。

お耳を消毒(ネエサンの消毒液拝借♪)して、

強そうな薬を塗って、数日待つ。



耳の赤みが消えたら、装着再チャレンジ。

中で引っかかってしまい、痛くてなかなか通らなくて・・

しかし、通す角度が左右で違うということが分かってきた。



そうして化膿と治療を繰り返し、

装着チャレンジから1ヶ月後、無事ピアスの穴は元通りに貫通しましたとさ。






決して諦めない!ココロの誓い。

ビンボー症もたまには役に立つもんだ。

うむ。





あっこネエサンが着古した洋服たち。
あつ服2


ネエサンがブログでよく着てたのもあります。

ネエサンを暖めてくれて、そして冷房から守ってくれてありがとう。



中でもこの2枚はわたしのお気に入りです。
あつ服

ネエサンにもよく着せました。

エルモのおめめがネエサンのおめめに似ていて、

ネエサンの背中にもう一人ネエサンがいるようで好きだった。



余談ですが、遠い昔ハワイでセサミストリート人形セットを買ってきたら、

なぜかビックバードが2体入ってました・・

日本じゃ考えられない痛恨のミス。

エルモだったら嬉しいけど、ビッグバードは・・正直イラネ・・




話を戻して、ヘビロテしたわりに状態も良いで、

この2枚を縫い合わせて、袋みたいのが出来ないかなと考えています。



我が家には肝心のミシンがありませんが・・

糸の通し方も忘れましたが・・


イオンでジャガー製ミシンがセールで1万円でしたが、元値書いてないし・・
オープン価格ってやつですかね。
直線縫いだけ出来ればいいのだけど、1万円のミシンはすぐ壊れると耳にして・・
買わずに帰ってきた。
しかもジャガーってなにやつ??




あつ服3

そしてこちらは比較的状態の良いお洋服たちです。

手前の赤とピンクはブログでも何回か登場したと思います。




黒いドレス素敵でしょ~

結構前にハンズで買いました。

ネエサン基本コットンじゃないと痒くなっちゃうので、撮影用にしか着ていません。

あドレス


着られないけど、飾りが可愛くてずっと持ってました。





このお洋服たちは、ネエサンみたいなハイパーな女の子のおうちに嫁いでいきました。

こんなお古を快くもらってくれてありがとう。

再利用していただけて、ネエサンも喜んでいます。

但し、ネエサン臭がまだキョーレツかもしれないな・・





若いハイパーちゃんがネエサンのように元気で長生きしますように!!

ネエサン共々祈っています。





おまけ
あ兄たち
 
柴兄さんこといっちゃん あっこ ネコ兄さんことにゃーこ

※白ネコはきーちゃんではありません。


このころはミシンがあって、お揃いの洋服を仮縫いして着せたところです。

が・・・縫い物の成績がひどくて、途中で試合放棄しました。

ミシンは引越しのどさくさで捨ててきました。




まめかん

「豆カン」作りました。

豆の正体は「赤えんどう豆」です。

あずきではありません。

この赤えんどう豆というのは、フツーのスーパーには置いてなくて、

やっとアメ横の乾物豆屋で見付けました。



この赤えんどう豆を煮て、塩味を付けます。

(塩大福の豆もこの豆かと思います。)

出来合いの豆カンとは、やはり豆が違ってうまい。

小ぶりで柔らかいわ。

市販品のは大粒だから、多分外国産だな。

寒天も超簡単だし、黒砂糖を煮溶かして黒蜜を作り、上からかければ

はい!出来上がり。




これはネエサンも好きだろうな。

ところてんも欲しがって、むせながら食べてましたから、

甘ければもっと好き。




ちなみにワテクシ、無類の豆好きでありまして、

コンビ二行ったらでん六豆の豆菓子コーナー(不人気で狭い)に直行です。







お次は、べじ1さんブログで習った

「豆乳プリン」

豆乳をゼラチンで固めて、黒蜜ときなこをかけたもの。

豆乳ぷりん

仕上がりに微妙な違いがありますが、

これも超~うまい。


ホントだぁ~柔らかめの信玄餅だー!!

ワテクシ、信玄餅も大好物であります。

なかなか手に入らないので、なにやらまがいものを食べてましたが、

これからは豆乳プリンで。


甘くしないで、柚子こしょう&めんつゆバージョンもあるのですって。

次はそっちにしてみよ。



こちらもきっとネエサン好きだろうなー




夜寝るときもネエサン用の飲み水を寝室に持って行こうとしようとしたり、

今朝みたいな雨の日は、ネエサンお外出れるかな?と心配したり、

次の休みは出かけたいんだけど家に誰か居るよね?とカレンダを確認したり、

習慣はまだ抜けません。




一日の始まりにネエサンときーちゃんにお供えするお水とゴハンを用意して、

ネエサンたちのお花の手入れをするのが唯一お世話できる瞬間。

花より団子の究極の花オンチが毎日花の手入れをするのも、

全てはあっこ&きなこのため。




家にいて一番ネエサンを思い出すのは「庭」

朝と昼 おトイレの係でしたから。

いつも同じとこでしっこするから、一部変色してたっけ。

ネコの額ほどの縦長の庭をうん○をもよおすまで行ったり来たり。

にわ

あっちからこっちへ

にわ2

こっちからあっちへ




縦長だからUターンさせる回数が多くて 足元が不安定になってからは たいへんそうだった。

にわ きけん

小さな小さな石や雑草にも足元とられるので、

蹴っ飛ばしたり、引っこ抜いたりしながら歩いた。

抜いた雑草にさえ つまづいて転んでしまうから雑草の処理は必須だった。




庭に出ると 一生懸命歩くネエサンの姿が浮かんできます。

お散歩もたくさん行ったなー。

花が咲いてなければどれがサクラの木か分からない人が毎日撮影に通ったのも、

あっこのため。

あっこの存在がそうさせてくれたんだもんね。







午前中は今までネエサンに費やした時間が手持ちぶさたで、

暇さえあればネエサンたちのお骨のとこで油売ってます。

「ねぇきーちゃん サザエさんのタマ人形ってどこに売ってると思う?」




お骨が手放せない気持ちも日に日に分かってきました。




その昔、先代犬たちのお骨はお寺のご好意で、お寺の裏山に埋葬しました。

その後そのお寺に動物供養悼ができて、裏山の土を持ってきてそこに納めました。


今回きなことネエサンは我が家のお庭に埋葬します。

毎日お墓参りできるから。



結果的に先代くんたちは庭に埋葬せずによかったと思ってます。

というのは当時住んでいた家は公共工事に引っ掛かり更地になりました。

離れてしまったけど、お寺に埋葬してよかったです。




数日前 ネエサンの腹毛をジョキジョキカットしている夢を見た。


夢でいいから会いたいと願っても なかなか現れてくれないものですが、

ネエサンは早かった。



次はきーちゃんの番。

きーちゃん 夢で逢いましょう。




誰かな1
「とーもーみーんちゃーん
 あたしよ
 あたし。」



 えっ??



誰かな2
「もう忘れちゃったの?? あたしよ。」




あっ!!!!!!

ネエサンだね。




「えへへ。

 バレちゃった。

 びっくりさせようとうさぎさんに変装したのに、

 よくあっちゃんだって分かったね。」



わかるよ。

だって目と鼻がネエサンだもん。




「ともみんちゃんがフヌケのデレスケにならないように、

 あっちゃん、このうさぎさん届けに来たの。

 これで寂しくないでしょ。
 
 また来るよ、もう行くね。」








 このうさぎさん、お客様に頂きました。

 

 こういうの下さるようなタイプじゃないのだけど、突然「はい!」って。

 開けてみたら、ネエサンそっくりで・・・。

 顔の真ん中に黒飴3つ。






 きっとネエサンが私の元に贈ってくれたんだね。


 ネエサンだと思って大切にするよ。

 

 

 

現在製作中のあっこ玉ですが、

中性洗剤で洗って丸めて乾かした状態のあっこ玉を、

フェルト人形のようにニードルで刺し固めてみたところ、

固まるどころか 毛がほつれてきました。



毛が短いのが原因。

毛と毛が絡み合わない。




そこで、中性洗剤で洗い→乾かす という行程を何回か繰り返して固めている最中です。

あっこ玉1




あっこ玉2
ちょっと固めに見える??




仕上げはストラップの金具を玉に引っ掛けるのですが、問題は玉の強度ですよ・・・


また毛がほつれてしまいそうで、ちょっと難しそう。

ちこティママちゃんに連れて行ってもらった素敵スポットは、

土浦市に聳え立つ「WANDRY」さんです。

オープン当初からかねがね行きたかった場所。

茨城では画期的な屋内型ドッグランです。




あんれ~

こんなにオサレなランが…

ペッタリくっついて来たネエサンもびっくりしたっぺ。

都会だっぺよ茨城!!






さあ看板娘のお出まし。



看板娘 その1
ほたてさん。


ほたてさん2

ほたてさん。ずっと会いたかったよ~

思ってたより小ぶりだね。

ほたてさんの立ち振舞いは、さながらホールマネージャーです。






看板娘 その2
ポルテさん。


ぽるちゃん2

ポルちゃんは元保護犬です。

こちらのワンドリーご夫妻に引きとられ、ほたてさんの姉妹になりました。

ポルちゃんもすっかりレディになって・・・。

ポルちゃんこのおうちの子になってホントよかったね。






おっ。おおー!!!


ほたぽる1



 おおおおーーーーーーーーー

ほたぽる2

ちこティママちゃんはやっぱりモテモテだ。


この日、ちこティママちゃんHAPPY BD♪

ママちゃんおめでとう!!







みんな~!!ともみんちゃんとこにもおいで~




…しーん




お、おいしいおやつあるぞー(うそ)




…ぽつねん





………………




「孤独上等」







ぽるちゃん
「ポルちゃんがいるでちゅ」

ポ、ポルちゃん来てくれたのかい。




ほたてさん
「ほたてさんも来たでちゅ」

 わぁーほたてさんまで~!


 ありがとね。



 ほたてさんとポルちゃんはそっくりだね。





ゴマちゃん
 ところでこちらはゴマちゃん???





このあと、ほたポルちゃんがともみんちゃんとボール遊びをしてくれました。



ネエサンも大好きだったのよ~ボール投げ。

ものすごい足が早かったんだよ。

早く!早く!って言うと、

気持ちが焦って、マンガみたいに足が空回りしてたんだから。

30分以上やってもネエサン全然飽きなくて、

その間、多い時は2回もうん○出ちゃうんだ。

ハイパーネエサン思い出すなー。




ティちゃんは華麗なビションブリッツを披露してくれました

ティちゃんは何をやっても気高いわーー

ネエサンの山猿ブリッツとはタイプが違うね。




あれあれ??よくみるとビション女子会はまったりしていて、あまり動かないのね。


ネエサンはやっぱり勢いがよすぎるハイパービションでした。

でも内弁慶だから こういう場所では私の尻に隠れていたと思います。





 噂のあっこネエサンどうだった?

 初ドッグランの感想は?


感想
 「うん。すごくいいね。

 明るくて広いし、常に清潔だよ。

 室内型だから、汚れも気にせず遊べるね。

 土浦北インターから15分位の場所だし、都内からのアクセスも良好。

 あみアウトレットも近いよ。

 みんなもぜひ行ってみて。」

 


 
昨日は
こちらの方々があっこネエサンのお参りに来てくれました。

画像 27533

ちこっとティアラのティアラちゃんとちこティママちゃん。





ネエサン!!ネエサンのために来てくれるお二方の接待はともみんちゃんに任せてくれ!





ちこティママちゃん ネエサンに似合うお花を見立て届けたいと言ってくれて

それと仕事とブログ活動以外はフヌケのともみんちゃんを心配して来てくれました。



画像 27544





ネエサン良かったね。

1月に会ったティちゃんが来てくれたよ。

初対面のあの日はつい昨日のように感じるね。






こんなマンガみたいな顔したネエサンですが、


まんが
「孤独上等!」


実は犬社会のアウトローです・・・。




この性格が災いして若いころは友達の1ワンも出来ませんでしたが、

近年は生命維持活動、

つまり

◆息を吸って吐く

◆右足の次は左足 そして右足また左足

◆お口に何か入ったらもぐもぐしてゴックンする
 

に忙しいあまり、細かいことは気にならなくなって、

こんなに仲良しに。


031.jpg
「ティちゃん、いい香りねぇ。」

そんな訳でネエサンに出来た最初で最後のお友達がティちゃんなのです。




ティちゃんはネエサンを探して家中をクンクン大忙し。

まだあっこ臭が残ってるんだね。

この家には10年住んでたもんね。

画像 27545

でお次は
ティちゃんママが素敵スポットへ連れて行ってくれるよ~

ネエサンも行こう!!

素敵スポットは次回につづく。

なぜ基本的に安楽死反対だったかというと、

今から13年前、柴犬のいっちゃんを安楽死という形で天国へ旅立たせたことが、

ずっと心にわだかまっていたからです。




いっちゃんは17才で痴呆症になりました。

同居していた祖母が脳梗塞で倒れたころと重なってしまいました。



いっちゃんは昼と夜が一転し、毎晩夜鳴きが続きました。

最初は睡眠薬で眠らせていたのですが、体が薬に慣れると効果がなくなり、

最後は獣医の指導のもと自宅でモルヒネを打つほどの状態でした。

しかしそれも効かなくなって、

3ヶ月の後、安楽死の道を選びました。

高齢ではありましたが、内臓の病気はなかったので、

何か他に手段はなかったのかとか

母は祖母の世話といっちゃんの世話を両方やっていたし、

私にもっともっと手伝えることはなかったのかとか

判断が正しかったか悪かったのか、

十年以上経った今でも答えが出ず、

折に触れ思い出しては悩みました。


それと同時に心残りがたくさんたくさんありました。




だから、いっちゃんが天国へ行ったときのことは、ほとんど話したことがありません。

心に封印していました。





だけど、今回あっこの安らかな旅立ちを目にしたとき、

あの時のいっちゃんの判断も最善の道だったんじゃないかなと思えるようになりました。

あっこは命をもって、それを私に教えてくれたのかなーって・・・








あっこは後脚不具合から24日後に旅立ちました。

長く患うこともなく、あっという間でした。



日頃は何かと手のかかる子でしたが、

最後だけは手のかからない子でした。



介護らしいことをしたのは、たった10日程度。

この間寝不足でしたけど、全くストレスは感じず、

あっこの手足になることが喜びでしたし、好意を持ってお手伝いができました。

今思い返すと、あっこの世話には、

心残りのいっちゃんへの罪滅ぼしも含まれていたのだと思います。



それと介護中ネエサンはたくさんお粗相をしましたが、アトピーが悪化することもなく、

季節にも恵まれました。

あっこちゃん、もう痒くないからね。




亡くなる3日前まで自分の脚で歩いてくれました。

脚が動かなくなるそのときまで、しっかり歩き続けてくれました。





あっこちゃん 虹の橋でみんなと仲良くするのよ。

柴兄さん、ネコ兄さん、きーちゃん。

ネエサンは会ったことなかったけど、たぁちゃんとすみれちゃんもファミリーだからね。

茶色いあつこちゃんとちびくんにも必ず巡り会って。

ピーナッツおねえちゃんにも必ず。






はい。ネエサン。チーズ。
あつとも
「やだぁ~ともみんちゃん。あたしのお顔半分しか写ってないじゃないの。」





だってさー
あつとも2

これは私がテカテカで変な顔してるし、

この際ネエサンのお顔は半分でもいいなーと思って。




あっこ「なにー!!こら~やんのかー」


ともみん「そっちこそ、なんじゃー」




ガウガウ。

ギャーギャー。



仲良く姉妹喧嘩中。






長くなりましたが、心温まるコメントの数々をいただきまして

本当にありがとうございました。

記していくうえで、たいへん励みになりました。

柴兄さんに始まりあっこまでの間、我が家にはいつの日もワンニャンがいました。

いつも身近にいた存在がいなくなって、満ち足りない毎日ではありますが、

みなさんの優しさで寂しさが少しずつ和らいでいきました。




思い出し泣きをしながら、全般まとめてましたが、

ネエサンが生きていた時にタイムスリップできるので、

ブログの中でネエサンと会ってるような気分でした。




小さい頃から甘えん坊で、座っていると必ずくっついてきて、

この子はこんなに甘えん坊で、いつか1人で虹の橋超えられるのかしら・・・

と心配になったことも多々ありました。

20年近く私の妹でいてくれたあっこは成長し、大人になり、

立派に1人で虹の橋を渡っていきました。


あっこが苦しまずに眠るように旅立つことが、近年私の願いでしたから本望です。


いつか人間にも尊厳死が認められる日が来たら、

私もこの方法を選択したいと思っています。





おかげさまであっこはとっても幸せな犬生をおくることが出来ました。




あっこネエサンの経験が、今後シニア犬のみなさんのお役に立てればと願っています。



5月30日 午前6時、8度目の癲癇を起こしたネエサンの姿を目にして、

ここで気持ちが大きく変わりました。




もういい。安らかに旅立たせてあげたい。




急いで病院に電話を入れましたが、朝早くて繋がらず・・

そうこうしているうちに午前6時半に9度目の癲癇。

8度目からたった30分後のことでした。

発作の間隔がかなり短くなってきました。

発作が治まったネエサンは小さな虫のような呼吸をしていました。





私は安楽死は基本的に反対でした。

どのような形でも自然に旅立たせたいと、

少なくともこの日の明け方まではそう思っていました。

しかし癲癇を頻発するようになったあっこの姿は、

もう楽にさせてあげたいと思うほど壮絶なものでした。




7時になると電話が繋がり、急いで病院へ。

先生と話をさせてもらいました。

抗てんかん剤を打ち続けるという手段も残されていると。



でも、もうあっこに残された時間はほとんどないんです。

たとえ一時的に発作が抑えられたとしても、あるのは苦しみだけの時間だけ。

もう充分がんばった。

充分戦った。

あっこにとって最善の道は、安楽死であると確信しました。




そして、あっこは安らかな安らかな眠りにつきました。

おててを握って、体を触って、何度も何度もあっこちゃんありがとうって言いました。

呼吸より先に心臓が止まり、全く苦しむことなく、眠るように天国へ旅立ちました。

ほんの1時間前まで癲癇の発作でも苦しんでいたあっこはそこにはいませんでした。

あっこちゃん。またね。

また必ず会いましょう!!



5月29日 午後5時、4度目の癲癇を起こします。

3度目から4時間後のことでした。

発作が起きると尿や便が出でしまいますが、肛門に傷のあるネエサンには排便も地獄です。



一度目の発作のときは、正気に戻ってくれて本当に嬉しかった。

だけど今は・・・

正気に戻ったネエサンに このままゆっくりねんねしていいんだよ 

きーちゃんのところ行っていいんだよ と何度も声をかけました。

ネエサンはだいぶぐったりとしていました。

ア ねむ




夜になると わんわん と吠えました。

久しぶりに聞いたネエサンの声。

吠えたら疲れちゃうのに、何か言いたいことがあるように わんわん わんわん。

どこか痛い?

ベッドでねんねしたい?

じゃあ 2階に行きましょうね。

2階に連れて行っても かすれているけど太い声で わんわん わんわん 

と夜鳴きをしてました。




昨夜から私も母の部屋で休み、3人川の字になって寝ていました。

母とネエサンはベッド、私はベッドの横に長座布団引いて寝ました。

ネエサンが病気でなければ、修学旅行の女子部屋みたいできっと楽しかったろうな。





ネエサンをなだめて、朝まで癲癇が起きないように願いながら休みましたが、

早々午後11時、5度目の癲癇が起きてしまいました。

4度目から6時間後。

歯を食いしばり、口から出血し、必死で震えに耐えるネエサンに、

声をかけ体に触ることしかできない悔しさ。

ネエサンの苦しみを和らげることができない。

何にもしてあげられない。





日頃から私の願いは、ネエサンが苦しまずに旅立つことでした。

朝起きたらベッドで冷たくなっていたとか、お昼寝から目覚めなかったとか、

たとえ別れの挨拶ができなくても、それが本望でした。

だから仕事に出かけるときは、これが見納めになるかもしれない という気持ちで

あっこに触れ声を掛け、出かけるようにしていました。

それなのに・・それなのに・・

ネエサンは・・昨夜からずっと苦しんでる。





日付けが変わり 30日午前1時。
 
6度目の癲癇。

5度目から2時間しか経ってないのに、またあの発作を繰り返すなんて・・・

ネエサンが何か悪いことした???

ネエサン・・苦しいね・・すごく苦しいね。

もうがんばらなくていいんだよ。

ゆっくりねんねしていいんだよ。





午前3時 7度目の癲癇。

6度目から2時間後。

・・・・

発作が治まり、息も絶え絶えのネエサンの痩せた横顔は、

目の上部に白目が見えていました。

でも正面からお顔を見てみると、白目なんか1ミリも見えず、

いつものかわいいおめめをしていました。

みんなが言ってくれてる くりくりおめめのネエサンがいました。

こんなに苦しいのに、どうしてそんな清らかな目をしてるの。

本当に本当にかわいいお顔でした。



この発作からもはや寝ていられず、

起きてネエサンに寄り添って、ずっとお顔眺めていました。

かわいいね。かわいいお顔ね。


かわいいお顔目に焼き付けておきたかった。






午前6時前、ネエサンを1階のリビングへ移動させました。

そして午前6時 8度目の癲癇。

7度目から3時間後。

前歯の隙間から舌が出てこないように、前歯にシリンジを当てて、

ネエサンの発作をただ見てることしかできない。




発作が治まると、ネエサンの首は再度座らなくなってました。

全身の力が抜けています。

でもネエサンは小さな呼吸をしていて、旅立つことができません。





ネエサンがここまで長生きできたのは、

ペット医療の質の向上と持って生まれたDNAの強さです。

中でも心臓は雑音一つなく、シニアになっても若い犬レベルでした。

心臓が強かったからこそ長生きできたのですが・・

その心臓の強さが最後の難所になってしまいました。





でももうこれ以上かわいいあっこを苦しませることはできない。

家族のみんながそう思った瞬間でした。


本日あっこの初七日を迎えました。

早いものです。

あっこにはもう一ヶ月も会っていないような気がします。

きなこのときも同じように思いました。




画像 27505






来る日も来る日も癲癇の話。

書くのもどんより。

読むのもどんより。

でも、時間が経過すると忘れてしまうこともあるので、しっかり書き記しておきたいのです。

知識は先に知ることと、後から知ることでは、だいぶ違うと思うから。

目を逸らさずに読んでもらえれば、ネエサンも私も幸いに思います。




今日のところは、癲癇話一回休み。





画像 27501

KENちゃん先生が勤務医時代から、柴兄さんを筆頭に診てもらってました。

長いこと大変お世話になりました。







画像 27504

今日は午前中、いとこが来てくれました。

ネエサンが小さい頃、彼女にネエサンのボロボロのぬいぐるみ見せたら

わーいちご!! って言われたけど、あれホントはうさぎだったのよね・・

縫い目だらけで原型留めてなかったから仕方あるまい。

彼女、去年13才のコーギーさんを亡くして、思い出話をしていたら目頭を熱くしてました・・・

きっとね、なにか心残りがあるんだと思う。



私には心残りは全くないの。

ネエサンには出来る限りのことが出来た。



きーちゃんのときも出来る限りのことをしたけど、まだがんばれる年齢だったから、

もう少し長生きして欲しかったのが本音。

あのころきーちゃんを思い出しては加呼吸になるほど大泣きしてました。



だけどネエサンは歳に不足なし。

紅白饅頭。

よくがんばってくれました。

ネエサンは幸せだったと胸張って言える。

だからかな、ネエサンを思い出すとじーんわりと泣けてくるんだ。




でもね、20年近く一緒に居た妹がいなくなっちゃうと、

心に穴が空いたようでとっても寂しい。




近年、朝はネエサンより少し早く起きて、ネエサンを母の部屋へ迎えに行って、

「今日も目覚めてしまったわ・・」という持ちネタを披露しては、毎朝自分でウケて笑ってた。




膝に乗せてマッサージを始めるとネエサンの背中ぬくもりでお腹がじんわり温かくて、

最高の癒しの時間でした。

毎日、NHKおはようニッポン「街角情報室」のコーナーを見ながら

あの時間はわたしたちの癒しのひとときだった。

コーナー担当の鹿島アナウンサーが面白くて好きだから、いまでも観てるけど、

お腹は全然温かくないんだ。




ネエサンと毎日歩いたお散歩の道のり。

ほらがんばれ!とか

もっとゆっくり歩きなさい。とか

あと少し とか

声かけながら歩いた道だけど、今は無言なんだ。




ソファーの定位置にもうネエサンはいないから、

新聞が置いてあっても、

クッションが置いてあっても、

ネエサンの邪魔にはならないんだね。




こんな寂しさを紛らわすために毎晩家でお酒飲んでたら、太りました。

のでもう止めます。

外飲みはセーフです。





画像 27502

キケン物ではありません。

そそっかしい人(父)に捨てられないように張り紙。






画像 27503

あっこ玉

製作中。

毎日少しずつカットしていた毛をとっておきました。

中性洗剤で洗うことでウール同様に縮みます。

それを丸めて乾かしたもの。

今からニードルで刺してカチカチにします。

あっこ玉。

洗ったのに、ちょっとあっこ臭。

うふふ。


5月29日午前8時、2度目の癲癇の発作を起こしたネエサン。

1度目同様ネエサンはガタガタと震え始めました。



2度目の発作を起こす少し前、ネエサンはもぞもぞ動いて、

小さくピーピー泣いて何かを訴えているようなそんな気がしました。

自分の身に何かが起こること察したのかもしれません。

それから肉球がとても冷たくなってきて・・すると間もなく発作が起きました。

それが癲癇のシグナルで、このあとも毎回この兆候がみられました。

そしてこれから癲癇の発作は続くのだと思い知らされた瞬間でもありました。



正気に戻ってもネエサンはぐったりしていて・・

少し落ち着いてくるとお水を飲んだりすることができました。



この日は雨予報でしたが、午前中は暖かく晴れ間も見られたので、

午前10時ごろネエサンを抱えてお散歩へ行きました。

まだ脚が丈夫なころ、毎日お散歩で歩いた道を2人で進んでいきました。

ネエサンが毎日うん○してた坂道を登ると、

思い出したかのようにお鼻をクンクンさせて喜ぶネエサン。

この先をずーっと進んで行ったんだよって教えて、途中でUターンしました。



春先ネエサンがサクラ大使として活躍したサクラの木はすぐ近くにあり、

もう一度あの階段をネエサンと歩きたいと思ったのですが、

ネエサンの体力を考え、一眠りさせてから出直すことにしました。

あいにく風が爽やかで、あと数時間は雨が降りそうにありませんでした。



帰宅すると父を駅まで送っていった母が、

おまんじゅうや大福を買って帰ってきていました。

ネエサンあんこ好きだったね。

と、あんこを与えると小さなお口で食べてくれました。

抹茶大福にはネエサンの大好きな生クリームが入っていたので、

これも与えてみるとおいしそうに舐めてくれました。

いずれもごく少量でしたけど。

それからヨーグルトを食べて、お水を与えて、少しおねんねしよう。

またあの発作が起きないことを祈りながら、ネエサンをなでなでしました。



お昼12時ごろ、再度ネエサンを連れてサクラの木を見に行くことにしました。

寒いかな?と毎度バスタオルにくるんで連れていってたけど、

いつものお散歩みたいにお洋服着ていこうか。

ネエサンにお気に入りのグリーンのお洋服を着せて、

おしりにトイレシートを当てて、玄関を出ました。

さっきより風が少し強くなっていて、午後からやっぱり降るのかな。

スタート時、ネエサンは楽しそうにしていましたが、数分後様子がおかしくなってきて・・

首が座らなくなり、全身から力が抜けてしまいました。

サクラの木はあと少しだから、ネエサンがんばって!!

もう一度あの道一緒に歩きたいのよ。

でもネエサン小さいほうをお粗相してしまっていて、やっぱり何かおかしいと察知し、

急いで引き返しました。

首が座らないネエサンがグラグラしないように、でも出来るだけ早足で戻りました。

強くなってきた風が急ぎ足の邪魔をしてくれました。



家に着いて、定位置のソファーに寝かせて、お粗相の始末などをして、

お水を与えて、おねんねさせました。


今日は雨予報の月末だから、仕事は行かない。

お休みする。

ネエサン、一緒にいよう。




しかし午後1時、3度目の癲癇の発作を起こしてしまいます。

2度目から5時間後のこと。

発作の間隔が短くなってきました。

発作の度に歯を食いしばるので、口内が傷つき、出血するようになりました。

かわいそうに・・・

発作の度に息も絶え絶えで呼吸が苦しそう・・

もう発作はいやだ!!!

次に発作が起きる前に、どうかネエサンのことお迎えに来て下さい

と祈るようになっていました。



間もなく雨が降ってきて、

午後からはネエサンの大好物ミニストップのソフトクリームを買いに行きました。

ほら、ネエサン大好きなソフトだよ。

ア ミニスト

右下に写ってるのがスプーンです。

ネエサン、こんなにがっついてくれました。

カメラ片手に食べさせたので、ネエサン食べずらそうだった。ごめんね。



ア ミニスト2

3口ぐらいしか食べなかったけど、

この姿が撮れたのはサイコーに嬉しかった。

ネエサンが生まれて初めてソフトクリームを食べたときと同じお顔だ。

本当によかった。



ソフトクリームを食べれて大満足なネエサンでしたが、

このあと午後5時、4度目の癲癇を起こします。

3度目から4時間後のことでした。


5月28日夜、私が帰宅して間もなく、

ネエサンが生まれて初めて重度の癲癇の発作を起こしました。


四脚を硬直させ、ガタガタと全身を震わせ、よだれを垂らし、失禁する姿は衝撃的で、

発作はとても激しく長く、

このまま亡くなってしまうのでは・・と思うほどでした。



2ヶ月前に腎不全で亡くなったネコのきなこも同じ重度の癲癇を起こしました。

あの当時、きなこは点滴&補液治療を受けており、癲癇を起こしたときも病院へ緊急搬送し、

抗てんかん剤を打ち、そのまま入院となりました。

その後退院しましたが、数日後自宅で亡くなりました。

きなこの容態が急変したとき、病院へ連れて行き無駄に苦しませてしまったことが

ずっと心残りでしたので、あっこには積極的な治療はせず、

残りわずかな命の炎が消えていくのを自宅で静かに見届けたいと痛烈に思いました。

そして、命の炎はあと数日で消えてしまうのだと感じていました。



発作自体が治まっても、あっこの意識が朦朧とし、こちらの呼びかけにも反応がなく、

そのままずっと名前を呼び続けたところ、20分後やっと正気に戻ってくれました。



よかった・・戻ってきてくれたのね・・

ほっと胸を撫で下ろしました。



この日は日中お風呂に入り、しばらく便秘していたあっこがやっとの思いでうん○をしたので、

体が限界にきて、癲癇の発作を起こしたのかもしれないと考えてました。




意識が戻り落ち着いた頃、お水を飲ませ、排尿を促し、ヨーグルトを食べさせて。

もう夜でしたが、毎日のお散歩のときに10分かけて歩いた道のりをだっこで連れて行くと、

とても喜んでお鼻をクンクンさせていました。

いつものあっこに戻っていました。



しかしこの夜、いつもの母のベッドに横になっても、ぐずって全く眠ろうとしないネエサン。

夜中に母のベッドから連れ出して、私の部屋に連れて行き、窓を開け風に吹かれ、

一緒にテレビを観て、おしゃべりして・・それを繰り返し、

母のベッドへ連れて行くと、疲れたみたいですぐ寝てくれました。




癲癇を起こしたネエサンの姿をみてからは、

どんなに駄々こねてもいいから発作だけは起こして欲しくないと思うようになりました。




しかし、翌朝29日午前8時、二度目の癲癇の発作が起きてしまいました。

一度目から12時間後のことでした。
毎日元気印のネエサンの不調が始まったのは、5/6お散歩のときです。

お散歩といってもわずかな距離を10分かけて歩くのですが、

介護用後脚ハーネスを付けてから歩行が楽になったのに、

この日は後脚を引きずるように歩いていました。

翌日は散歩を休んで、排泄のために庭を少し歩かせて、後脚が回復次第、

散歩を再開するつもりでいました。

だけどネエサンの後脚はやがてスロープの昇降もできなくなり、

四六時中ソファーにいるようになりました。

排泄のための庭散歩も、後脚がぐちゃぐちゃになってしまって、うまく歩けず、

わたしが後脚を持ちネエサンは前脚のみで歩くというスタイルをとることにしました。

前脚二足歩行のネエサンはとても早く歩けるので、それによって腸が動き、

このころはまだ食欲もあったので、朝と昼きちんと排便してました。



これからは前脚を強化しなければならないと考え、

家の中でも私が後脚を持ち前脚二足歩行で歩かせました。

四脚で歩くことができないネエサンはとても楽しそうでした。

いずれも歩かせる前にしっかりマッサージをして固まった関節をほぐしてから歩かせました。




後脚の異変から2週間後・・

ネエサンの食欲ががくんと落ちました。

それはわたしがリフレッシュのため一晩家を空けた日のことでした。

翌日帰宅して、足をマッサージして庭に出し、排泄させて、ゴハンを与えましたが、

やはり食べませんでした。

それからのネエサンは好きなものを少し食べてはみるものの、

すぐに食べなくなってしまうの繰り返しでした。

食べる量が減り、あれほど快便だったネエサンが便秘になりました。

体力もなくなり、朝と昼お庭に出るだけで、一日の大半を眠って過ごすようになりました。

お水は目の前に差し出すと飲んでいたのですが、それもだんだん飲まなくなりました。




何か訴えがあれば ピー っと鳴きましたから、抱えてトイレに連れて行って、

四脚を支えながらしっこをさせてたり、シリンジでお水を与えたりしました。

脱水気味でしっこが思うように出ず、小さいしっこを搾り出すようになり、

排尿がひどく困難なときはティッシュでポンポンと刺激を与えたり、

しっこがチョロチョロ出てきた瞬間を見計らって膀胱を押して、

溜まっている尿を排泄させました。




ピーっと鳴くのは朝晩問わずでしたから、夜中に何度も何度もこれを繰り返しました。

すっかり寝不足になりました。



そしていつだったかブログに書きましたが、

5/27 仕事が休みだった私はネエサンのお世話をすることになります。



この日は両親が外出していて夕方までネエサンと2人で過ごしました。

朝からずーっとネエサンとおしゃべりをしました。

こんなに話したことはないぐらい。

ほら鳥さんが来たよとか

そのテレビ面白いねとか

ネエサンこれおいしいよとか(食べれないなりにジロっと見ていた)

ちょっとしたことでも「ねぇねぇ」ってネエサンに話しかけました。



それから一緒に写真を撮りました。

ネエサンと一緒に写した写真がなかったので、

いつか撮っておかなければならないと考えてはいたのですが、

ネエサンはまだまだ元気だから後でいいの!!! 

とかたくなに私が拒否していたのだと思います。

写真を撮ろうとすると泣けてきて、泣き顔ばかりになってしまい、

何度もチャレンジして、やっと笑顔で撮りました。

ア ともみん

これは、私の宝物になりました。




その翌日28日ネエサンとの休日や食欲の件を立て続けにアップしたのは、

ひょっとしたら次の機会にはアップできないかもしれない・・と頭を過ぎったからです。

案の定、28日私が早めに帰宅して間もなく、

ネエサンが生まれて初めて重度の癲癇の発作を起こしました。

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