あっこおばあちゃんの縁側日記 (老犬党 あっこ 政調会長)

19才7ヶ月がんばりました!!後釜 なめこ(猫)が活躍中

なぜ基本的に安楽死反対だったかというと、

今から13年前、柴犬のいっちゃんを安楽死という形で天国へ旅立たせたことが、

ずっと心にわだかまっていたからです。




いっちゃんは17才で痴呆症になりました。

同居していた祖母が脳梗塞で倒れたころと重なってしまいました。



いっちゃんは昼と夜が一転し、毎晩夜鳴きが続きました。

最初は睡眠薬で眠らせていたのですが、体が薬に慣れると効果がなくなり、

最後は獣医の指導のもと自宅でモルヒネを打つほどの状態でした。

しかしそれも効かなくなって、

3ヶ月の後、安楽死の道を選びました。

高齢ではありましたが、内臓の病気はなかったので、

何か他に手段はなかったのかとか

母は祖母の世話といっちゃんの世話を両方やっていたし、

私にもっともっと手伝えることはなかったのかとか

判断が正しかったか悪かったのか、

十年以上経った今でも答えが出ず、

折に触れ思い出しては悩みました。


それと同時に心残りがたくさんたくさんありました。




だから、いっちゃんが天国へ行ったときのことは、ほとんど話したことがありません。

心に封印していました。





だけど、今回あっこの安らかな旅立ちを目にしたとき、

あの時のいっちゃんの判断も最善の道だったんじゃないかなと思えるようになりました。

あっこは命をもって、それを私に教えてくれたのかなーって・・・








あっこは後脚不具合から24日後に旅立ちました。

長く患うこともなく、あっという間でした。



日頃は何かと手のかかる子でしたが、

最後だけは手のかからない子でした。



介護らしいことをしたのは、たった10日程度。

この間寝不足でしたけど、全くストレスは感じず、

あっこの手足になることが喜びでしたし、好意を持ってお手伝いができました。

今思い返すと、あっこの世話には、

心残りのいっちゃんへの罪滅ぼしも含まれていたのだと思います。



それと介護中ネエサンはたくさんお粗相をしましたが、アトピーが悪化することもなく、

季節にも恵まれました。

あっこちゃん、もう痒くないからね。




亡くなる3日前まで自分の脚で歩いてくれました。

脚が動かなくなるそのときまで、しっかり歩き続けてくれました。





あっこちゃん 虹の橋でみんなと仲良くするのよ。

柴兄さん、ネコ兄さん、きーちゃん。

ネエサンは会ったことなかったけど、たぁちゃんとすみれちゃんもファミリーだからね。

茶色いあつこちゃんとちびくんにも必ず巡り会って。

ピーナッツおねえちゃんにも必ず。






はい。ネエサン。チーズ。
あつとも
「やだぁ~ともみんちゃん。あたしのお顔半分しか写ってないじゃないの。」





だってさー
あつとも2

これは私がテカテカで変な顔してるし、

この際ネエサンのお顔は半分でもいいなーと思って。




あっこ「なにー!!こら~やんのかー」


ともみん「そっちこそ、なんじゃー」




ガウガウ。

ギャーギャー。



仲良く姉妹喧嘩中。






長くなりましたが、心温まるコメントの数々をいただきまして

本当にありがとうございました。

記していくうえで、たいへん励みになりました。

柴兄さんに始まりあっこまでの間、我が家にはいつの日もワンニャンがいました。

いつも身近にいた存在がいなくなって、満ち足りない毎日ではありますが、

みなさんの優しさで寂しさが少しずつ和らいでいきました。




思い出し泣きをしながら、全般まとめてましたが、

ネエサンが生きていた時にタイムスリップできるので、

ブログの中でネエサンと会ってるような気分でした。




小さい頃から甘えん坊で、座っていると必ずくっついてきて、

この子はこんなに甘えん坊で、いつか1人で虹の橋超えられるのかしら・・・

と心配になったことも多々ありました。

20年近く私の妹でいてくれたあっこは成長し、大人になり、

立派に1人で虹の橋を渡っていきました。


あっこが苦しまずに眠るように旅立つことが、近年私の願いでしたから本望です。


いつか人間にも尊厳死が認められる日が来たら、

私もこの方法を選択したいと思っています。





おかげさまであっこはとっても幸せな犬生をおくることが出来ました。




あっこネエサンの経験が、今後シニア犬のみなさんのお役に立てればと願っています。



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5月30日 午前6時、8度目の癲癇を起こしたネエサンの姿を目にして、

ここで気持ちが大きく変わりました。




もういい。安らかに旅立たせてあげたい。




急いで病院に電話を入れましたが、朝早くて繋がらず・・

そうこうしているうちに午前6時半に9度目の癲癇。

8度目からたった30分後のことでした。

発作の間隔がかなり短くなってきました。

発作が治まったネエサンは小さな虫のような呼吸をしていました。





私は安楽死は基本的に反対でした。

どのような形でも自然に旅立たせたいと、

少なくともこの日の明け方まではそう思っていました。

しかし癲癇を頻発するようになったあっこの姿は、

もう楽にさせてあげたいと思うほど壮絶なものでした。




7時になると電話が繋がり、急いで病院へ。

先生と話をさせてもらいました。

抗てんかん剤を打ち続けるという手段も残されていると。



でも、もうあっこに残された時間はほとんどないんです。

たとえ一時的に発作が抑えられたとしても、あるのは苦しみだけの時間だけ。

もう充分がんばった。

充分戦った。

あっこにとって最善の道は、安楽死であると確信しました。




そして、あっこは安らかな安らかな眠りにつきました。

おててを握って、体を触って、何度も何度もあっこちゃんありがとうって言いました。

呼吸より先に心臓が止まり、全く苦しむことなく、眠るように天国へ旅立ちました。

ほんの1時間前まで癲癇の発作でも苦しんでいたあっこはそこにはいませんでした。

あっこちゃん。またね。

また必ず会いましょう!!



5月29日 午後5時、4度目の癲癇を起こします。

3度目から4時間後のことでした。

発作が起きると尿や便が出でしまいますが、肛門に傷のあるネエサンには排便も地獄です。



一度目の発作のときは、正気に戻ってくれて本当に嬉しかった。

だけど今は・・・

正気に戻ったネエサンに このままゆっくりねんねしていいんだよ 

きーちゃんのところ行っていいんだよ と何度も声をかけました。

ネエサンはだいぶぐったりとしていました。

ア ねむ




夜になると わんわん と吠えました。

久しぶりに聞いたネエサンの声。

吠えたら疲れちゃうのに、何か言いたいことがあるように わんわん わんわん。

どこか痛い?

ベッドでねんねしたい?

じゃあ 2階に行きましょうね。

2階に連れて行っても かすれているけど太い声で わんわん わんわん 

と夜鳴きをしてました。




昨夜から私も母の部屋で休み、3人川の字になって寝ていました。

母とネエサンはベッド、私はベッドの横に長座布団引いて寝ました。

ネエサンが病気でなければ、修学旅行の女子部屋みたいできっと楽しかったろうな。





ネエサンをなだめて、朝まで癲癇が起きないように願いながら休みましたが、

早々午後11時、5度目の癲癇が起きてしまいました。

4度目から6時間後。

歯を食いしばり、口から出血し、必死で震えに耐えるネエサンに、

声をかけ体に触ることしかできない悔しさ。

ネエサンの苦しみを和らげることができない。

何にもしてあげられない。





日頃から私の願いは、ネエサンが苦しまずに旅立つことでした。

朝起きたらベッドで冷たくなっていたとか、お昼寝から目覚めなかったとか、

たとえ別れの挨拶ができなくても、それが本望でした。

だから仕事に出かけるときは、これが見納めになるかもしれない という気持ちで

あっこに触れ声を掛け、出かけるようにしていました。

それなのに・・それなのに・・

ネエサンは・・昨夜からずっと苦しんでる。





日付けが変わり 30日午前1時。
 
6度目の癲癇。

5度目から2時間しか経ってないのに、またあの発作を繰り返すなんて・・・

ネエサンが何か悪いことした???

ネエサン・・苦しいね・・すごく苦しいね。

もうがんばらなくていいんだよ。

ゆっくりねんねしていいんだよ。





午前3時 7度目の癲癇。

6度目から2時間後。

・・・・

発作が治まり、息も絶え絶えのネエサンの痩せた横顔は、

目の上部に白目が見えていました。

でも正面からお顔を見てみると、白目なんか1ミリも見えず、

いつものかわいいおめめをしていました。

みんなが言ってくれてる くりくりおめめのネエサンがいました。

こんなに苦しいのに、どうしてそんな清らかな目をしてるの。

本当に本当にかわいいお顔でした。



この発作からもはや寝ていられず、

起きてネエサンに寄り添って、ずっとお顔眺めていました。

かわいいね。かわいいお顔ね。


かわいいお顔目に焼き付けておきたかった。






午前6時前、ネエサンを1階のリビングへ移動させました。

そして午前6時 8度目の癲癇。

7度目から3時間後。

前歯の隙間から舌が出てこないように、前歯にシリンジを当てて、

ネエサンの発作をただ見てることしかできない。




発作が治まると、ネエサンの首は再度座らなくなってました。

全身の力が抜けています。

でもネエサンは小さな呼吸をしていて、旅立つことができません。





ネエサンがここまで長生きできたのは、

ペット医療の質の向上と持って生まれたDNAの強さです。

中でも心臓は雑音一つなく、シニアになっても若い犬レベルでした。

心臓が強かったからこそ長生きできたのですが・・

その心臓の強さが最後の難所になってしまいました。





でももうこれ以上かわいいあっこを苦しませることはできない。

家族のみんながそう思った瞬間でした。


5月29日午前8時、2度目の癲癇の発作を起こしたネエサン。

1度目同様ネエサンはガタガタと震え始めました。



2度目の発作を起こす少し前、ネエサンはもぞもぞ動いて、

小さくピーピー泣いて何かを訴えているようなそんな気がしました。

自分の身に何かが起こること察したのかもしれません。

それから肉球がとても冷たくなってきて・・すると間もなく発作が起きました。

それが癲癇のシグナルで、このあとも毎回この兆候がみられました。

そしてこれから癲癇の発作は続くのだと思い知らされた瞬間でもありました。



正気に戻ってもネエサンはぐったりしていて・・

少し落ち着いてくるとお水を飲んだりすることができました。



この日は雨予報でしたが、午前中は暖かく晴れ間も見られたので、

午前10時ごろネエサンを抱えてお散歩へ行きました。

まだ脚が丈夫なころ、毎日お散歩で歩いた道を2人で進んでいきました。

ネエサンが毎日うん○してた坂道を登ると、

思い出したかのようにお鼻をクンクンさせて喜ぶネエサン。

この先をずーっと進んで行ったんだよって教えて、途中でUターンしました。



春先ネエサンがサクラ大使として活躍したサクラの木はすぐ近くにあり、

もう一度あの階段をネエサンと歩きたいと思ったのですが、

ネエサンの体力を考え、一眠りさせてから出直すことにしました。

あいにく風が爽やかで、あと数時間は雨が降りそうにありませんでした。



帰宅すると父を駅まで送っていった母が、

おまんじゅうや大福を買って帰ってきていました。

ネエサンあんこ好きだったね。

と、あんこを与えると小さなお口で食べてくれました。

抹茶大福にはネエサンの大好きな生クリームが入っていたので、

これも与えてみるとおいしそうに舐めてくれました。

いずれもごく少量でしたけど。

それからヨーグルトを食べて、お水を与えて、少しおねんねしよう。

またあの発作が起きないことを祈りながら、ネエサンをなでなでしました。



お昼12時ごろ、再度ネエサンを連れてサクラの木を見に行くことにしました。

寒いかな?と毎度バスタオルにくるんで連れていってたけど、

いつものお散歩みたいにお洋服着ていこうか。

ネエサンにお気に入りのグリーンのお洋服を着せて、

おしりにトイレシートを当てて、玄関を出ました。

さっきより風が少し強くなっていて、午後からやっぱり降るのかな。

スタート時、ネエサンは楽しそうにしていましたが、数分後様子がおかしくなってきて・・

首が座らなくなり、全身から力が抜けてしまいました。

サクラの木はあと少しだから、ネエサンがんばって!!

もう一度あの道一緒に歩きたいのよ。

でもネエサン小さいほうをお粗相してしまっていて、やっぱり何かおかしいと察知し、

急いで引き返しました。

首が座らないネエサンがグラグラしないように、でも出来るだけ早足で戻りました。

強くなってきた風が急ぎ足の邪魔をしてくれました。



家に着いて、定位置のソファーに寝かせて、お粗相の始末などをして、

お水を与えて、おねんねさせました。


今日は雨予報の月末だから、仕事は行かない。

お休みする。

ネエサン、一緒にいよう。




しかし午後1時、3度目の癲癇の発作を起こしてしまいます。

2度目から5時間後のこと。

発作の間隔が短くなってきました。

発作の度に歯を食いしばるので、口内が傷つき、出血するようになりました。

かわいそうに・・・

発作の度に息も絶え絶えで呼吸が苦しそう・・

もう発作はいやだ!!!

次に発作が起きる前に、どうかネエサンのことお迎えに来て下さい

と祈るようになっていました。



間もなく雨が降ってきて、

午後からはネエサンの大好物ミニストップのソフトクリームを買いに行きました。

ほら、ネエサン大好きなソフトだよ。

ア ミニスト

右下に写ってるのがスプーンです。

ネエサン、こんなにがっついてくれました。

カメラ片手に食べさせたので、ネエサン食べずらそうだった。ごめんね。



ア ミニスト2

3口ぐらいしか食べなかったけど、

この姿が撮れたのはサイコーに嬉しかった。

ネエサンが生まれて初めてソフトクリームを食べたときと同じお顔だ。

本当によかった。



ソフトクリームを食べれて大満足なネエサンでしたが、

このあと午後5時、4度目の癲癇を起こします。

3度目から4時間後のことでした。


5月28日夜、私が帰宅して間もなく、

ネエサンが生まれて初めて重度の癲癇の発作を起こしました。


四脚を硬直させ、ガタガタと全身を震わせ、よだれを垂らし、失禁する姿は衝撃的で、

発作はとても激しく長く、

このまま亡くなってしまうのでは・・と思うほどでした。



2ヶ月前に腎不全で亡くなったネコのきなこも同じ重度の癲癇を起こしました。

あの当時、きなこは点滴&補液治療を受けており、癲癇を起こしたときも病院へ緊急搬送し、

抗てんかん剤を打ち、そのまま入院となりました。

その後退院しましたが、数日後自宅で亡くなりました。

きなこの容態が急変したとき、病院へ連れて行き無駄に苦しませてしまったことが

ずっと心残りでしたので、あっこには積極的な治療はせず、

残りわずかな命の炎が消えていくのを自宅で静かに見届けたいと痛烈に思いました。

そして、命の炎はあと数日で消えてしまうのだと感じていました。



発作自体が治まっても、あっこの意識が朦朧とし、こちらの呼びかけにも反応がなく、

そのままずっと名前を呼び続けたところ、20分後やっと正気に戻ってくれました。



よかった・・戻ってきてくれたのね・・

ほっと胸を撫で下ろしました。



この日は日中お風呂に入り、しばらく便秘していたあっこがやっとの思いでうん○をしたので、

体が限界にきて、癲癇の発作を起こしたのかもしれないと考えてました。




意識が戻り落ち着いた頃、お水を飲ませ、排尿を促し、ヨーグルトを食べさせて。

もう夜でしたが、毎日のお散歩のときに10分かけて歩いた道のりをだっこで連れて行くと、

とても喜んでお鼻をクンクンさせていました。

いつものあっこに戻っていました。



しかしこの夜、いつもの母のベッドに横になっても、ぐずって全く眠ろうとしないネエサン。

夜中に母のベッドから連れ出して、私の部屋に連れて行き、窓を開け風に吹かれ、

一緒にテレビを観て、おしゃべりして・・それを繰り返し、

母のベッドへ連れて行くと、疲れたみたいですぐ寝てくれました。




癲癇を起こしたネエサンの姿をみてからは、

どんなに駄々こねてもいいから発作だけは起こして欲しくないと思うようになりました。




しかし、翌朝29日午前8時、二度目の癲癇の発作が起きてしまいました。

一度目から12時間後のことでした。